2011年9月25日日曜日

2011-9-24 群馬県高崎市クルマの旅

  三連休第二日目。朝から快晴の長野市です。
本日目指すは群馬県高崎市。
Japan Football League 後期第9節 アルテ高崎vsAC長野パルセイロ観戦です。

久しぶりの自家用車遠出ってことで勢い込んで出発したものの、
カメラとオーセンティックを忘れたため一旦引き返しまして、須坂長野東IC突入はAM10:00に。
ETCゲートに嫌われてカード反応せず、通行券を手にすることになりました。
勝負事の前に縁起悪いなー(汗)

車中のお伴は、iPhoneミュージック。
Kings of Leon の渋いボーカルと力みのないドラムが心地よいです♪

(中略)
佐久平PAで一服して上信越道の要所、八風山トンネル全長4kmを抜けると山容が一変。
来たー、群馬県。妙義山。
上毛三山に数えられ、直立した険しい斜面と尖った姿が特徴で日本三大奇勝となっております。
長野県側から2枚ほど。
   


 快調に上信越道を東へ向かうも横川SA手前で事故による渋滞発生。
逆Y字の橋を越えると横川SA。峠の釜めしで有名だね。

やや正午まで時間はあるものの横川SAでランチとすることにした。
三連休ってことで駐車場は満車。
AC長野パルセイロのレプリカ着た人チラホラ。
 SA内に列車を模した一角が!
列車にはなぜか「湯田中⇔上野」?(そんな路線あったか?)
みなさん客席でご飯食べてます。


松井田妙義ICで上信越道を下車し、国道18号を高崎方面へ。
長野市民には馴染みの深いRoute18!
せっかくなので富岡製糸場と城下町の面影残す小幡に寄りたかったのですが、
キックオフ14:00が近づいてきたので一路、浜川競技場へ!
長野新幹線と上越新幹線合流点にほど近い場所にありました。
 浜川競技場壁面には「ニュースなヤツ出てこい!」垂れ幕が。
JFL昇格1年目にして首位に肉薄のAC長野は十分にニュースなヤツでしょ。

競技場にははるばる長野市から大挙参集したオレンジのサポーターが観戦席の半分を占拠。
アップ中のパルセイロ選手達。
熱い。サポーターも気温も。

遠く榛名山と妙義山を見渡すロケーションも晴天に映えてます。
右側は長野新幹線。まとめてパノラマ撮影でどうだっ!

試合前アップ終了で選手がピッチを退き、選手入場を待ちます。
スターティングメンバーがアナウンスされ、サポーターも臨戦態勢に。

アンセムの合唱の中、タオルマフラーを両手で掲げるサポーター。
それにしても大勢来ている。
数えている途中で全員立ち上がってしまったため計測不能だが400人は来ていたのでは?

先週入場!
AC長野はアウェー白ユニです。
お相手のアルテ高崎は上赤下黒。
皆、精悍な顔つきだ。負けるな!

アルテ高崎の選手(名前聞き逃しました)のJFL100試合出場を賞して
なんと、AC長野の小川くん(DF)が花束贈呈!
昨年までの同僚への花束贈呈に照れております。
この光景に長野サポーターは爆笑。先週も同じような光景を見たような...

(中略)

AC長野パルセイロ勝利!
アルテ高崎 0-1 AC長野パルセイロ
得点者 冨岡大吾(先週古巣の選手に花束贈呈した)
14戦無敗、リーグ最小失点
堅守速攻をよく凌ぎ、高さで強さを見せた高崎から苦心の得点。
前半からやや劣勢でチャンスを何度もフイにした末の貴重なゴールにサポーターの喜びバクハツ。
後半27分まで両軍拮抗した胃がキリキリしそうな展開のゲームでした。
苦労あれば喜び大きい。
この時点でAC長野は、勝ち点40のSAGAWA SHIGA FCを2上回り待望の首位を奪取。
間違いなくニュースなヤツ!です。


歓喜の浜川競技場を後にするとすでに夕暮れどき。
Route18を長野へ向けてひた走り。

上信越道ではなく、国道18号から碓氷峠(旧道)へ道を逸れて
目指すは碓氷第三橋梁「めがね橋」

最近JRのCMでおなじみのめがね橋。
夕刻まで観光客が見学に訪れてました。

長野新幹線開通により廃線となった信越本線軽井沢横川間。
急勾配をアプト式を取り入れることにより1892年に鉄路が峠を越えた。
橋梁はアーチ型レンガ積み。開通当時は峠越えに1時間半を要したという。

 18号から見上げる橋梁の上に登ってみる。
「山ヒルに注意」、「サルに注意」
自然が豊か故に危険も伴うのか...

橋梁上から国道18号を望む。(群馬県方面)
真下を覗き見る。

両側には安全のためのアルミ製手すりが。
レールの姿はなく、むしろ歩きやすく砂利を敷き固めてある。

上の写真のトンネル内から振り返った図。
高さは5mくらいか?トンネル内の壁面もすべてレンガ。

 群馬側から長野県方面。
奥のトンネルは通行できない。廃路となったレールが今も残っているらしい。

かつては蒸気機関車が真っ黒な黒煙をあげて通過しためがね橋。
どことなく悲哀を感じる遺産だが多くの歌人俳人が訪れたという。

「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで
谿底へ落としたあの麦稈帽子ですよ」
                  西條八十





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